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創形美術学校同窓会会報

SOKEI ACADEMY OF FINE ART & DESIGN
     
     2009 (vol.20)

特集「創形美術学校40周年記念」

   
創形美術学校は今年で40周年を迎えました。同窓生の皆さんにも様々な思い出があるかと思います。今回はこれまでお世話になった先生を代表して、フレスコ実習の谷口千恵子先生とデザイン科の太田克彦先生から同窓生に向けて思い出やエールのお言葉をいただきました。
   

 
『創形美術学校40周年へむけて』
谷口千恵子
  
 古典技法であるフレスコ技法を学生の皆さんに伝えることとなってから何年になるでしょうか?国立の駅前で昼にお茶を飲んで決心してから大通りをずっとまっすぐ歩いて静かな住宅街に少し入ったところにある4階建ての校舎が見えてくると、昼の休み必ずキャッチボールをしている学生に出会い、ゆったりした時間が流れていて「よし、今日もやるぞ」と自分に発破をかけたものです。

 声をかけてから中に入ると昼休みのこともあり、外階段では誰かが一服していて自動販売機で食後のドリンク、私も一緒に飲みながらなんだかんだ絵を描き続ける生活など話し込んだものでした。歴代の副手の方の手作りの、とても使い勝手の良い手作りの篩を使って学生の皆さんと共に暑い中、多量の砂を何回も洗ってもらい、その重い砂を3、4階に運び広い教室の真ん中に木のパネルで作った立方体の中に1立米もの砂が確保してあるのを見た時、安心して思わず(金に値する)「砂」を手に取ったものでした。池袋に移ってからもずっと感謝しております。汗を流し、鍬で掛け声をかけてモルタルを練り、思うようにならない鏝を体ごとぶつけながらボトボトとモルタルを落とし、格闘して塗っていた皆さんの後姿は忘れられません。 酷暑のある日、冷房が突然止まって全身汗でぐっしょり、終わった後は私も受講生も、やった!という達成感で一杯でした。冬のある日、終了後鉄製の船で湯を沸かしながら「やきいも」を皆で頂いたこともありました。

 長い歴史の中である時代の人々が素材と経済と宗教とあらゆる条件の中花開いた技法、これを体験して現在と比べると、生きる為の条件や表現の形がどのように変遷してきたか、体を使って描くことにより、比較の対象が断片として見つけられると思っております。日々の生きる為の生活は有史以来、この国が物質的にももっとも豊かな中何でも手に入る日常、どのように変化して現在に至るのか、表現とは何か。池袋という日本の中でも都会の最先端の全てのものが集結している大都会に位置する現在、国立の創形のあのゆったりした中での貴重な時間、空間であっても、最先端の池袋に移った現在でも、自分にとっての表現の原点と、生み出す悩みを共有した貴重な経験が本物であったことを、あの時をいつも原 点として、大切にしていただければと思っております。 
  

   
『これからも絵(イメージ)を描きつづけよう』
太田克彦
■どう表現すればいいのか?
 
 社会に出てからいい仕事をしているなと思える卒業生の数人から、共通の悩みを相談された。

 「いま想像力が膨らんでいろいろのイメージで表現したいのに、初めに売れたスタイルの作品をいつも要求されるので、どうすればいいのか」という内容である。
 私は「自分がやりたいことをやるのが、エネルギーもノリもいちばん大きい」と言って背中を押すことにしている。なぜなら、私の場合リセットしたらすぐ「消去」になってしまうが、若い彼らはリセットした時点から再出発できるのだから。
 魅力的な作品を見つけると編集者やディレクターは、たしかに同じスタイルを要求したくなる。でも有能な編集者なら「こういう能力があるならこんなこともできるだろう」と想像力を広げて別の展開を求めるのだろうが、最近の編集者はそんな冒険はしなくなっている。一定の価値評価を受けているスタイルなら売れることがわかっているからだ。
 また、作家の側も、自身の作品が評価されると、必然的に無意識に同じスタイルにいってしまう。小説もミュージシャンのアルバムも「処女作を超えるのはむずかしい」と言われる所以だ。しかしながら制作者だって生活がかかっているのだから、作品が売れはじめたひとに、お金のことは考えるななどと無粋な物言いはしたくない。それぞれの到達目標と志の問題なのだから。
 
 マーク・ロスコは「美術市場が芸術家に生活の糧を与えたり拒んだりすることで、同じ強制力(時代からの制約=注は筆者)にさらされている」と言う。
さらに、「飢えることの自由、とはなんとも皮肉なものだ。しかし笑ってはいけない。この特技をみくびってはいけない。(中略)作品を商品とされるくらいなら飢えたほうがましだなどと社会に向かって公言する芸術家がいたとしても、所詮それは異端であり、たいがいはそのようにしか遇されなかったことだろう。今日でも全体主義国家のドグマの下に生きる芸術家は、国家の命ずる通りに描かなければならないのみならず、正しく飢えなければならないのだ。
 しかし、今日もこの国では私たちはまだ選ぶ権利を持っている。私たちの運命と過去の芸術家のそれとの違いは、まさにこの選択を行う可能性にある。選択には自己の良心に対する責任が伴うのであり、芸術家の良心においては、芸術家の真理こそが重要なのである。」
 (『ロスコ芸術家のリアリティ…美術論集』                  
マーク・ロスコ/クリストファ・ロスコ編 中村和雄訳 みすず書房)
  
■芸術とは何か?
  
 ロスコの「選択」は、私がいう「志」に符合する。この本の原題は「THE ARTIST´S REALITY」だが邦題は辞書にある通り「ART」が「芸術」になっている。書かれたのが今から六十数年前だから、その当時はアートと芸術はイコールだったのだろうが、現在「芸術」と「アート」という言葉のニュアンスはかなり異なる。かつて「芸術は爆発だ!」と岡本太郎は言った。そしていま、村上隆は「アートはビジネスだ」と言う。「芸術」と、ヘア・メイクやフラワー・アレンジメントの分野まで拡大した範囲におよぶ、この「アート」という言葉とのあいだに時代の大きな変化を感じる。
 
 「芸術」という概念は宗教に対抗して近代国家が生み出し、美術館は教会に代わる精神的シンボルになった。さらに、資本主義社会が高度化して、芸術的価値と経済的価値の境界がなくなっていくという松宮秀治理論(『芸術崇拝の思想』白水社)には説得力がある。
 消費者がお金を使わなければ経済は停滞する。だから定額一時金などという不毛な手段をとってまで国家は流通を活性化しようとする。つまり欲しかったわけでもないのに買いたくさせ、まだ使えるのにもうひとつ買いたくなるように仕向けることによって資本主義はなりたっている。そして株のような不安定な金融商品よりも、実体のある美術作品がいま投資の対象として注目されている。そういう時代の中で作品の(作家自身さえも)商品化が成功することによって得られる豊かさのイメージを否定するには勇気がいる。
  
■未来に向けて
  
 そこで私たちが考えなければいけないのが「価値」についてだろう。価値には三つのタイプがある。まず「私はこれが好き」という個人的な価値。つぎに時代の中で作られる価値。戦後の、バブル期の、世界同時不況でのと、異なる時代の価値の変化を考えてみればすぐわかる。そして最後は普遍的価値。これは古代から現在、未来にかけて共通する死生観や愛をめぐる価値観で、文字、音、色、形、動作などを通して表現するすべての表現者が意識すべき次元にある。他の動物になくて、人間のみに与えられた能力が想像力である。未来を予測できるのは人間だけなのだから。
 半世紀前の日本人にとって、未来は明るく輝いていた。終戦後の瓦礫の中から豊かなイメージを求めて生きてきた。しかしいまは違う。人類滅亡のイメージのほうが描きやすい。しかし私たちは自暴自棄になって未来から有罪の判決は受けたくない。だからこそ学生時代に表現のための特訓を受けてきた卒業生たちが、まったく新しい未来のイメージを生み出していくことに期待したい。
 
   
  

第7回同窓会展報告

昨年7月に開かれたファインアート科絵画造形専攻30期卒業・宮島美穂子氏の個展報告です。
2008年7月8日(火)〜19日(土)
『個展を終えて』
宮島美穂子
 今回の個展は、創形美術学校の皆様の御好意で、有難くも、自分にとっては初の個展を開催させて頂く事ができました。卒業して、もう十年、久しぶりの母校の地に立ち、昔と変わらないアットホームな雰囲気の漂う素敵な学校であって、とても嬉しかったです。当時、自分が学生であった頃の事を色々と思い出し、初心に立ち戻るきっかけともなって、実に充実したのではないかと思っています。改めて学校関係、そして見に来てくださった方々に、感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
 
 私は学生の中では、当時は不勉強で、あまり熱意のない方の生徒であったように思います。受験に失敗して、失意の中の学生生活、今振り返ると、反省ばかりが残ります。レポートを提出するにあたり、たまたま学生の頃のレポートが、ひょっこり出てきたもので、読み直してみると、当時、純粋に芸術とは何ぞや、アートとはという事を一生懸命に書き綴られてあり、あの若き日の思いに心を揺さぶられる感じがしました。あの頃と、現在の考えは、だいぶズレて来ているような気がしました。しかし、初心忘るるべからずという思いに至り、再び、当時の理想と、現時点の理想を、芸術という観点で、見つめなおしてみようと思いました。

 今も昔も共通として思う事は、身近なアートという点です。アートというものは、人間の感性や精神に大きく影響を及ぼし、また育てる。という意味でこの殺伐とした心の闇の社会に潤いを与えるべく、もっと近くで、もっと身近であるべきだという考えです。当時の理想は、もっと、パブリックアートを推進していくべきだと強く思っていた私ですが、パブリックアートに携わる機会はなく、平面の絵画作品を少しずつ描くばかりです。現在身近なアートという点で理想を語るとするならば、おおきな慈愛の心の社会を一人一人が、意識していくことだと思います。当時から、社会に心のよりどころをと思っていましたが、この不況により、ずさんな雇用体制、非道徳的な事件の増加、このままでは、まだ小さい子供たちでさえ人間不信に陥ってしまうのではないか?一人一人が胸に愛のアートを持つ事は、とても大事な事ではないかと思います。愛のアートという言葉は、抽象的かもしれませんが、愛とアートは実に密接な関係であると思います。つまりは、個々の人間性というものが、実にアートだと思うのです。これからの社会を魅力溢れる素晴らしい人々で、支えあっていける世の中の未来を願ってやみません。
 
 当時のレポートの中には、「私は本質を追及し、人間の感性にダイレクトに訴えかけるような絵が描きたい」とありました。実際、今の時点では、どうも果たし得てはいない、永久的なテーマのような気もしますが、その心を常に抱いて、これからも発見や感動しながら、作品を作っていきたいものだと、強く思いました。若き頃の自分に教えてもらう事というのは確かにあり、再び出会う事で、再発見のような、驚きと、喜びというものがあるのですね。人生というのは、不思議の連続で、最近感じるのは、人は、巡り、巡り、螺旋階段を昇っていくかのようで、一度見た事のあるような景色に、巡り巡ってたどり着くような気になります。そして、少しは高い位置から、昔見た景色を眺めて、より深く、よりよく眺めては、見つめ直したりするものなのではないかなと思いました。

 個展で、また巡ってきたこの景色を見つめてい心境は、また、一ふんばりの時期かな、という感じです。常に前を向いて確実に踏み出せば、いつかはまた、少しばかりか眺めが良くなって、その景色を見つめ直す事が出来る。昇るうちに、荷物が増え、足も腰も弱くなっていくかもしれないけれど、いつか見たい景色を目指して、一歩、一歩、踏みしめ上っていくのだろう、と思います。いつか、またどこかで、成長し続ける作品達の発表をお見せできる日を目標に、これからも精進していきたいと思います。
  
       

支部だより 

  
『Branch Exhibition 2008』
  
松丸 真江(版画科22期)
  
 創形に入学したのが1990年ですから、早20年近くが過ぎようとしています。浪人を重ねての結果でした。いろいろ思うところもありましたが、今があるのはそこでのたくさんの出会いのおかげだと感じています。その後、母となり嫌が応にも生活の中心は子供に移り、学生時代には想像もできなかった、大きく価値観の変わる穏やかな時間を過ごしていました。
 ブランチ展に誘って頂いたのが、今から4年程前です。最後の個展から6年が過ぎていました。この発表が、新たな制作のきっかけになったと思います。 また、展覧会ではさまざまな世代の方と知り合い、展示することを通して、いろいろな事を伺い刺激を貰っています。

 今、インターネットで現代美術と検索すると膨大な量の情報に、ただただ呆然としてしまい、離れていた身には奇奇怪怪で、学生のころに抱いていた美術の世界とは大きく様変わりしているようです。
そしてわたし自身も、中々足元が見えず、いつも手探り状態ですが、今は少しずつ前に進めればと思っています。
  
※同窓会埼玉支部主催の「Branch Exhibition 」は今回で4回目ですが、2008年12月2日(火)〜8日(月)にかけて母校創形美術学校の「ガレリア・プント」で開催されました。1期から37期までの卒業生21名が参加し、また多くの方々に見て頂きました。ありがとうございました。
  
      
  

2008年度 同窓会特別賞

  
●毎年恒例の同窓会会員の投票により選出される特別賞の選考が、3月8日卒業制作展会場にて行われ、以下の2名に決まりました。受賞者には賞状と、副賞として賞金3万円が授与されました。
    
     
ファインアート科絵画専攻
「岩窟の表情」
澤井津波
ビジュアルデザイン科メディア映像専攻
「浮世捌景」
谷山 剛
    
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